古道再生作業
古道再生作業
『津代の古道プロジェクト』発足経緯
奄美市笠利町の手花部 津代には昭和46年9月1日に奄美市の指定文化財となった「津代の古戦場」をはじめ、山中にはいくつもの近世古墓がある。地元民が利用していた山中にある手花部と赤木名をつなぐ古道は、『黒糖の百貫樽を通した』などとも伝わる。藩政期には、津代港が黒糖の積み出し港・風待ちの港として栄えていたとも伝わり、さらに古くは、中世城郭の跡もあるのではないか、赤木名城ともつながりがあるのではないかとも推察される、文化が重畳した重要な場所である。
また地元の考古学者であり、歴史資料民俗館の館長であった中山清美が2004年に発足した、笠利町を中心に活動する市民グループ「奄美文化財サポーターDEI DEI DEI」(以下DEI と表記)
2023 年度のDEI総会では慰霊祭参加のみならず、「奄美の中世』や「道の島の歴史」の理解を深めるには欠かせないシマ遺産があることから津代の古道を歩けるようにしたいと決定されたのち、DEI事務局の鮎川が、かねてより古道の草刈りをしていたNPO島未来創研社の高井(海族塾)にコンタクトを取り、再生事業に着手。
2023年度はDEI会員有志 鮎川、水間、川上、保岡)および自然ガイドの伊集院、高井の6名が集まり、シマ遺産の整備、保全と自らが島の文化を学ぶため、さらに奄美の豊かな環境文化や島民それぞれの知的財産を活かせるようなガイド養成目的に『津代の古道プロジェクト』を立ち上げた。
後に 奄美全域に広がるようにNPO法人道の島古道協議会の設立。
「シマの伝承、昔の暮らしの伝わる場所、昔道を お年寄りの昔話を
シマ興しに活かしましょう」
〇作業
開通した津代から赤木名(大島北高のグラウンド)までのルート
2023 年度の写真(ごく一部)は以下の通り。ハブを警戒して寒くなってから着手した。

約10年手が入らない古道のありさまはすさまじかったが大量の倒木をチェーンソー
で切り倒し、雑草に覆われた尾根道を人の力で次々と復活させていった。
自分より背丈のあるガヤを薙ぎ払い、ときには、ヌカカにかまれてひどい目をみたり、
ときにはハゼノキにかぶれ、目が半分しか開かないほどに顔が腫れ上がったメンバ
ーもいた。が、不幸中の幸いでハブは未だに出ていない。
いよいよ津代口から万歳峠・赤木名口に向かう三叉路まで到達。(2024年1月29
日)万歳峠に行くルートはあまりにも藪や倒木が塞ぎわからないので来年度に持ち越
し。そんなハードな難所がたくさんあるが、3/24日、10年ぶりに津代〜赤木名(北高
グラウンド)間が粗刈りではあるが無時に開通。ためしに鮎川が写真を撮りながらの
んびり歩くと片道20分程度。距離は670mほどか。
ガイドしながらでは片道30分以上かかると推定。
2024 年度の作業日数
1/27 日現在で合計13回
4/4 開通式 この日は応援を得て10名で作業。
4/21 慰霊祭水花香
p. 3
小高い尾根上にならぶ近世の古墓に花や線香を供えたのち、開通した津代から赤木
名の北高グラウンドまで繋がる山道を踏破。高井さんのガイド付きで慰霊祭の参加者
の一部を案内した。
6/24 保岡 鮎川
6/29 高井 鮎川
10/22 高井 伊集院 川上 水間 鮎川
2024 年からは、4名のDEI会員は、高井が作業費なしには不可能と判断し奄美市
の「紡ぐきょら郷」の事業に応募するためNPO法人「島未来創研社」にも入会。今後
はこちらのNPOの活動の一環として、地域のシマ遺産のために伐採・整備活動に励
む。年月が経ち倒木が腐り脆くなっているので人力作業でも可能になる。
倒木除去のためのチェーンソーは不可欠、草刈り機の刃や、燃料、チェーンソーのオ
イル、高枝ノコギリ、枝打ち用の鉈や剪定鋏なども必要。
今年度は、全員揃わなくても、各自が行ける日にちで作業。
11/19 高井 伊集院 鮎川
12/7 高井 伊集院 川上
12/14 川上
12/17 高井 伊集院 川上 水間 鮎川
12/21 高井
12/21 万歳峠開通 高井 伊集院 川上 水間
12/30 水間
1/7 新年会、 高井 伊集院 川上 水間 鮎川
1/21 高井 伊集院 川上 鮎川
新年に水杯で、作業の安全と笠利町の歴史観光に資する古道の再生を誓う!
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①万歳峠入口のビフォー&アフター
②津代→赤木名ビフォー&アフター
③万歳峠ビフォー&アフター
津代口から赤木名又、万歳峠口への伐採を進めるが、樹木が生い茂り、古道のルー
ト見極めが困難なため万歳峠口から入ることにしたが、入口を探すのに仮払い機を
入れるべきと判断する。
入口を切り拓き進むと、不法投棄のゴミばかりで笠利支所の応援を貰う。万歳峠入口
は下草は大したことはないが、竹の繁茂が全道程の数か所でひどい。
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万歳峠から高台急斜面に立ち笠利湾を望む。山中の三叉路から万歳峠からまでは
200m あまりの短い距離ではあるが、アップダウンがあり難所がある。崩落個所が多
数あり、そこの移動には補助ロープが必須。21日の作業はロープ掛けや崩れた道の
整地に奮闘。この写真の景色が美しい高台の平場部分をす拡げて休憩所にしようと
の話もでた。
(このポイントはとにかくハゼにかぶれまくって辛い。こまめな伐採が必要)
開通した三叉路から万歳峠へと向かうルート
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1/25 伊集院 川上 高台周辺整備
2/11 高井 伊集院 川上 鮎川
2/15 古道を歩いてガイドのルート設定
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【鮎川の独り言】
喜瀬のタナグスク(宮田城)にノロ墓調査で入ったとき段々になった部分が次々斜面
に現れたり、石塁や石の工作物(年代不明)があり、先人の生きた証拠がいまだに残
されている生々しさに圧倒されましたが、今回の津代の古道も、伐採していると、草に
覆われてはいますが道は未だに消えていない様子に感動しました。
自分は2022年から本格的に近世古墓を探し求め、夏場も脱水とハブに怯えながら
鬱蒼とした藪や砂丘や崖に孤独に入り込んでいました。そんな場所に地籍調査の桃
色テープや杭を見つけると、『ああ先達よ!』と独り言ちて嬉しくなりましたが、それに
近い感覚があります。この感覚は古道整備のメンバーはよくわかるんじゃないかな。
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2/15 に歩いたガイドポイント設定ルート
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2/15 万歳峠から三叉路までのガイドポイント
❶入口の看板でイントロダクション
❷ロープのような巨大な弦
❸謎の石垣
❹オキナワジイ
❺笠利湾を望む高台
❻板根が立派なホルトノキ
❼アデク
❽ゴール。ソテツのアーチで記念撮影
全体作業は、およそ以上であるが単独では何回も作業に入り道筋を示すため以前切り開いた道を探す作業が必要でした。(高井)
利用しなければ、再生は、困難であると改めて痛感した。
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